飛行機事故とホロスコープ

大きな航空事故が起きるときのホロスコープはトランスサタニアンにハードアスペクトができる事例が多いです。ここでは大きな死者数を出した航空事故発生時のホロスコープを確認します。

 

1.日本航空ジャンボ機 御巣鷹山 墜落事故

 

事故の概要:1985年8月12日18時27分に羽田空港から大阪国際空港に向かった日本航空第123便ボーイング747SR機が午後7時前に群馬県の御巣鷹山に墜落。死者数520名

 

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(1985年8月12日18時27分 羽田空港のホロスコープ)

 

2.名古屋空港内 中華航空機 墜落事故

 

事故の概要:1994年4月26日20時16分に名古屋空港の滑走路南側で、台北発の中華航空140便のエアバス(A300型双発)ジェット旅客機が着陸に失敗し炎上。死者数264名

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(1994年4月26日20時16分 名古屋空港のホロスコープ)

 

3.全日空 雫石上空 空中衝突事故

 

事故の概要:1971年7月30日14時02分39秒、北海道・千歳空港から羽田空港に向かう途中の全日空B‐727型機と航空自衛隊の戦闘機が岩手県岩手郡雫石町上空で空中衝突。双方とも墜落した。自衛隊機の乗員は脱出に成功したが、機体に損傷を受けた旅客機は空中分解し乗客乗員全員が死亡した。死者数162名

 

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(1971年7月30日14時02分 岩手県雫石町のホロスコープ)

 

4.東亜国内航空「ばんだい号」函館市郊外 墜落事故

 

事故の概要:1971年7月3日18時10分頃、北海道・丘珠空港発の北海道・函館空港行63便YS-11「ばんだい号」が函館市郊外の横津岳に衝突。乗客乗員全員が死亡した。事故原因は不明。事故機にはフライトデータレコーダーやコックピットボイスレコーダーが搭載されていなかったが、事故発生当時、函館空港上空は悪天候で分厚い雲に覆われており厳しい横風のなか着陸に関する最低限の条件をかろうじて満たしている程度であった。死亡者数68名。なお、3.全日空 雫石上空 空中衝突事故と4.ばんだい号事故は共に1971年7月に起きている。

 

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(1971年7月3日18時10分 北海道函館市のホロスコープ)

 

5.羽田空港発着便連続事故

 

事故の概要:1966年3月4日20時15分、香港発東京経由バンクーバー行きのカナダ太平洋航空402便が羽田空港着陸直前に墜落し64名が死亡。翌日の1966年3月5日14時15分、羽田空港13時58分発の香港に向かっていた英国海外航空のB‐707型機が富士山付近で乱気流に巻き込まれ空中分解(富士山付近 英国機 空中分解事故)。死亡者数68名。

なお、1966年は上記2件を含めて計5件の事故が発生した。2月4日、羽田空港沖で全日空機の墜落事故が発生し133名が死亡。8月26日、羽田空港で日本航空の航空機の墜落事故で5名が死亡。11月3日、松山空港沖で全日空機が墜落し50名が死亡。

 

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(1966年3月4日20時15分 羽田空港のホロスコープ)

 

6.羽田空港沖 全日空機 墜落事故

 

事故の概要:1966年2月4日19時01分、北海道千歳空港から羽田空港に向かっていた全日空ボーイング727型機が羽田空港着陸直前に東京湾に墜落。原因は不明。133名が死亡。単独機としては当時世界最悪の事故となった。

 

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(1966年2月4日19時01分 羽田空港のホロスコープ)

 

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